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大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)547号 判決

控訴人

鈴木サヨ

右訴訟代理人弁護士

豊島輝

被控訴人

坂本利男

右訴訟代理人弁護士

川原俊明

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人の控訴人に対する主位的請求を棄却する。

三  控訴人は被控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一〇月二六日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被控訴人のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は第一、二審を通じこれを八分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

六  この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は、控訴人から、次のとおり別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という)を買い受ける契約を結んだ(以下「本件売買契約」という)。

(一) 契約年月日 昭和五七年四月一九日

(二) 売買代金 金三〇〇〇万円

(三) 手付金 金二五〇万円(契約時に授受)

(四) 中間金 金三〇〇万円(昭和五八年六月二二日限り)

(五) 残金 金二四五〇万円(昭和五八年九月二一日限り所有権移転登記手続に必要な一切の書類と引換)

2  被控訴人は、控訴人に対し、右契約に従い

(一) 昭和五七年四月一九日手付金として二五〇万円

(二) 昭和五八年六月二二日中間金として三〇〇万円

をそれぞれ支払つた。

3  よつて主位的請求として、被控訴人は控訴人に対し、売買契約に基づき、残代金二四五〇万円を被控訴人から支払を受けるのと引換えに、本件土地建物につき昭和五七年四月一九日売買を原因とする所有権移転登記手続を求める。

4  控訴人は昭和五八年一〇月二五日被控訴人に対し本件売買契約を解除する旨通知した。右解除は被控訴人が契約の履行に着手した後であるから民法五五七条一項による解除としては無効であるが、仮に民法五五七条一項による解除として有効であるとすれば、被控訴人は控訴人に対し、

(一) 手付金の倍額 金五〇〇万円

(二) 中間金 金三〇〇万円

の各返還請求権を有する。

よつて被控訴人は、予備的請求として、右合計八〇〇万円とこれに対する右解除の翌日である昭和五八年一〇月二六日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  控訴人の答弁

請求原因1、2項の事実は認める。

同3項は争う。

同4項中、控訴人が契約解除の通知をしたことは認める。

その余は争う。

三  控訴人の抗弁

1  被控訴人は、以下のとおり、控訴人が被控訴人に対する所有権移転登記をするに必要な協力をしなかつた。

即ち、

(一) 本件売買においては終始訴外株式会社福徳住建(以下「福徳住建」という)が控訴人を代理していた(むしろ福徳住建が控訴人の名義を使用していた)。

(二) 昭和五七年九月二一日の取引決済日に、被控訴人が残代金二四五〇万円の支払のために持参した小切手三通のうちの一通額面一〇〇〇万円のものが銀行保証小切手でなかつたため、控訴人は受領を拒否し、双方は翌二二日あらためて取引することを約した。

(三) 翌二二日再び双方が会したが、控訴人代理人が持参した登記済証が、控訴人の氏名変更の登記済証であつて、移転登記に必要ないわゆる権利証ではなかつたため、被控訴人と協議のうえ保証書を作成して移転登記を行うこととし、移転登記が可能となつた時に残金決済をすることを合意した。

(四) そこで控訴人はさつそく保証人白石俊夫、同神田章太郎名義の保証書を作成し各印鑑証明書も添えて同月二六日までに売主として登記申請に必要な一切の書類を揃え、この旨被控訴人の代理人たる福徳住建に申出、登記申請を為すべきことを求めた。

(五) ところが福徳住建は、移転登記申請に必要な買主の居住証明書を整えることもせず、また登記手続の履行と代金支払の日を定めようともしなかつた。

(六) このため控訴人は同年一〇月二〇日、福徳住建に対し、五日以内に登記申請手続を行うよう催告するとともに右期限内に右登記申請を行わないときは契約を解除する旨口頭で通告した。

(七) しかし福徳住建及び被控訴人からは何らの返事もなかつた。

2  そこで控訴人は同月二五日福徳住建及び被控訴人に対し本件売買契約を解除する旨通知した。

3  したがつて控訴人は被控訴人に対する所有権移転登記手続の義務を負わない。

また、本件売買契約においては、買主が義務を履行しないときは手付金は売主が取得する旨約定されていたから、手付金二五〇万円は返還義務がない。

四  被控訴人の答弁

1  抗弁1項の事実は争う。被控訴人は昭和五八年九月二一日転得者たる訴外秀光建設の従業員を同行し、本件売買契約の残代金二四五〇万円の銀行保証小切手を持参して提供したが、当日になつて控訴人が登記済権利証を持参せず、決済のできないことが判明したものであり、本件売買契約が不履行となつた原因はすべて控訴人にある。

なお控訴人が権利証を紛失したためこれに代る保証書を作成するについて被控訴人が協力すべき義務は何もない。

2  抗弁2項の解除通知のあつたことは認める。

3  同3項は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二そこで控訴人の抗弁について判断するに、まず、〈証拠〉によると、以下の事実が認められる。

1  本件土地建物は、控訴人が昭和四六年一月亡夫から相続し、所有権を取得したものである。

2  控訴人は、不動産仲介業者たる福徳住建の仲介により、昭和五七年二月二一日、本件土地建物を代金三一〇〇万円で訴外平井某に売り渡す旨の契約を結び、同年三月六日までに手付金及び内金合計三〇〇万円を受領した。ところが右契約は、条件とされた銀行融資を買主が受けられなかつたために解除され、控訴人は受領した三〇〇万円全額を返さねばならなくなつたが、五〇万円しか返すことができなかつた。

3  そこで福徳住建が差額を立替えて返済したうえで、福徳住建の社員である被控訴人が本件土地建物を買い受けることとなり、同年四月一九日売買代金を三〇〇〇万円とし、右立替金をもつて手付金二五〇万円の授受を了したこととし、買主の違約による解除のときは手付金は返還を要しない旨定めて、控訴人と被控訴人との間で本件売買契約が成立した。

4  右契約においては、残代金の支払及び移転登記、引渡の履行期は買主が転売して第三買主が代金を決済する時と定められたが、締約から一年余経つた昭和五八年六月ころに至つてようやく訴外株式会社秀光建設(以下「秀光建設」という)が本件土地建物を買い受けることとなり、同月二二日ころ、被控訴人と秀光建設間の売買契約が結ばれると共に控訴人と被控訴人の売買契約書も作成し直され、それぞれの取引履行日が同年九月二一日と定められた。またこの折、控訴人の転居費用に当てるため代金の内金三〇〇万円が控訴人に支払われた。

5  そして右履行日の同年九月二一日、秀光建設の事務所に控訴人、その兄の訴外鈴木五郎、被控訴人の代理人として福徳住建の代表者西岡達也、秀光建設の担当者らが集合したが、代金支払のため秀光建設の用意した小切手三通のうち一通(額面一〇〇〇万円)が銀行保証小切手ではなかつたことから、控訴人はこれを受取るのを拒否し、翌日あらためて銀行保証小切手で代金支払を受けることとなつた。

6  翌二二日、控訴人の代理人たる右鈴木五郎や、被控訴人の代理人たる右西岡らが再度集まり、秀光建設が保証小切手を準備したことが確認された。ところが右鈴木が持参した書類が控訴人の相続による移転登記申請書の控えと復氏による氏名変更の登記の登記済証のみであつて、売買による所有権移転登記申請に必要な登記済権利証でないことが判明したため、鈴木や西岡は病気入院中の控訴人に問い合わせ、さらに控訴人の転居先(本件建物を明渡すため既に転居していた)に赴いて権利証を探したが見つけることができなかつた。このため、右鈴木と西岡の間で、早急に権利証に代わる保証書の方式で移転登記をすることとし、その登記申請の準備が整いしだい、代金支払などの決済日を定めることを合意して、この日は終つた。

7  そこで控訴人はさつそく福徳住建の紹介で神田司法書士に保証書の作成を依頼したところ、同月二六日にはこれができ上り、控訴人は同司法書士から保証人二名の保証書と各印鑑証明書、買主及び日付とも白地の控訴人名義の売渡証書及び所有権移転登記申請委任状等の書類の交付を受けた。従つて売主として当面移転登記申請に必要な準備が終り、あとは右書類に加えて買主たる被控訴人において所要の書類(居住証明書など)と登録免許税(控訴人と被控訴人間の本件売買契約において登記手続費用は買主たる被控訴人の負担と約定されていた)を準備したうえ、共同して移転登記申請書に添えて登記所の受付に提出すれば足ることとなつた。

8  そこで控訴人は右同日ころ福徳住建の事務所に赴き、右準備した書類を示して自己の準備が完了したことを知らせると共に次の手続を進めるよう申入れ、以後も福徳住建に対し、その事務所を訪れてあるいは電話でくり返し同旨の申入れをした。ところが福徳住建は、転得者秀光建設の資金ぐりの都合などから、控訴人に明確な返事をせず、連絡するから待つようにとくり返すばかりで日を過した。

9 埒があかないため、控訴人は直接買主たる被控訴人に申入れをしようとしたが、契約書に記載された被控訴人の住所は淀川区を東淀川区と誤まつているうえ、その名も「利男」ではなく「利夫」とされていて住民登録は確かめられず、電話帳には該当者がなく、あえて坂本利男方へ電話をしてみたものの、その相手からは、本件土地建物を買つたことはなく福徳住建も知らないとの返事しかなく、かえつて買主の実在にすら不安を抱く結果となつた(なお福徳住建は、被控訴人が自社の取締役であるにもかかわらず契約書に正確な住所氏名を記載しなかつたばかりか、控訴人あての文書の中で時には被控訴人を仲介の注文を受けた客であると称し、代表者たる西岡も、被控訴人は友人ではあるが社員でも取締役でもないと証言し、さらに本件の手付金や内金の返還請求権を被保全権利とする控訴人に対する仮差押手続は、いぜん坂本利夫名義でなされているし、右西岡は右仮差押手続のことは相手の弁護士から聞いただけで関与していないと証言するなど、被控訴人ないし福徳住建の態度は甚だ信義に反するものと言う外ない。)。

10 こうして控訴人からの申入れをくり返しながら約一カ月が経つたが、福徳住建からはいつこうに明確な返事がなく、当初の契約からは一年半も経つのに、また明渡しのため転居もしたのに、代金の支払を得られる目途が立たないため、控訴人は同年一〇月二五日に至つて、福徳住建及び被控訴人(坂本利夫)あての内容証明郵便をもつて、代金支払の確約を得られないことを理由として本件売買契約を解除する旨を通知し、右通知はそのころ福徳住建に到達した。

11  なおこれに対して福徳住建は同年一一月二日に控訴人に到達した内容証明郵便をもつて、履行遅滞の責任は権利証を準備しなかつた控訴人にあるから契約解除は無効であり、決済延期のため転得者の資金手当が遅れているが近々決済する旨回答し、さらに同月一二日送達された内容証明郵便をもつて、資金手当が出来たので同月一六日に決済する旨を通知したが、控訴人はこれに応じなかつた。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三ところで、不動産の売買において売主が登記済権利証を提出できないため、これに代わる保証書による所有権移転登記(不動産登記法四四条)を行なう場合、所定の保証書を添えて登記申請をしただけでは未だ売主の移転登記義務を履行したことにはならず、右申請を受理した登記所からの売主あての事前通知に対し、売主が保証書による登記申請が間違いない旨の申出書を登記所に提出してはじめて登記義務が履行されるのであり(同法四四条の二)、売主が右申出書を買主に交付することがすなわち登記義務の履行の提供に当たるというべきである。けれども、右移転登記の申請は、売主が単独で為しうるものではなく、買主と共同してしなければならないものであるから、買主においてその居住証明書を準備し、登記申請書を共同作成するなどして協力するのでなければ、売主はいつまでも登記義務の履行を提供することができず、従つてまた売買代金の支払を求めることもできず、売買の目的を達することができないこととなる。そうであれば、買主は、売主が、保証書の作成その他売主側でなしうる登記申請の準備をすべて整えたうえで、右申請に協力するよう求めた場合には、これに応じて買主としての必要書類を提出し共同して登記申請を行うべき義務があるというべきであり、この売主からの催告にもかかわらず買主が右義務を履行しない場合、売主は売買契約を解除することができると解するのが相当である。

本件においてこれを見るに、先に認定したところによれば、諸々の経過があつたとはいえ最終的には控訴人、被控訴人間で、権利証に代わる保証書の方式で移転登記を行うこととし、その準備ができしだい取引履行日を定めることを合意したうえで、控訴人において保証書をはじめ移転登記申請に必要な書類をすべて準備し、これを福徳住建に持参して、これにより手続を進めて代金等決済の日を決めるよう求めたのであるから、控訴人は被控訴人に対し、右に述べた移転登記申請への協力につき適法な催告をしたものといいうる(なお前認定の事実関係の下では、被控訴人は終始福徳住建をその代理人として控訴人との交渉を行なつていたものと解するのが相当であるから、控訴人が福徳住建に対してなした催告は被控訴人に対して効力を有するものと解すべきである)。ところが被控訴人は、くり返し右催告を受けながら、登記申請を行なおうとせず代金支払日の指定もせずに約一カ月を経過したのであるから、催告に応じうる相当の期間を経過してもなお右登記協力義務を履行しなかつたものと言わざるを得ない。

そうであれば控訴人のした本件売買契約解除の意思表示は適法になされ、これにより本件売買契約は解除されたものというべきである。

そうすると、本件売買が有効であることを前提とする被控訴人の主位的請求は理由がない。

四被控訴人は、控訴人のした契約解除が民法五五七条一項による解約として有効な場合の予備的請求として手付金の倍返しと内金の返還を求めるところ、右請求は、債務不履行による契約解除が認められる場合にも請求する趣旨と解されるので考えるに、先に認定したとおり本件売買契約は被控訴人の債務不履行により解除されたものであるから、被控訴人が控訴人に払つたこととされた手付金二五〇万円については、約定により被控訴人は返還を求めることができないというべきであるが、その後支払われた内金三〇〇万円については契約が解除された以上控訴人はこれを被控訴人に返還する義務があり、その授受の時以降である昭和五八年一〇月二六日より右支払済まで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める限度において右予備的請求は理由がある。

五よつて被控訴人の登記請求を認容した原判決を取り消して、右請求を棄却し、予備的請求のうち右部分についてのみこれを認容してその余は棄却することとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小木會 競 裁判官露木靖郎 裁判官下司正明)

物件目録

一 所在 大阪市福島区福島七丁目

地番 一四番二

地目 宅 地

地積 五四・八〇平方メートル

二 所在 大阪市福島区福島七丁目一四番地二

家屋番号 一四番二

種類 居 宅

構造 木造瓦葺二階建

床面積

一階 三五・九三平方メートル

二階 三一・四三平方メートル

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